「業界情報/訃報」

元住友セメント取締役・津田祐作氏死去

 元住友セメント(現住友大阪セメント)取締役の津田祐作(つだ・ゆうさく)氏は1日午後10時22分、病気のため死去した。78歳。葬儀・告別式は8日午前9時30分から東京都品川区西五反田5―32―20の桐ケ谷斎場で喪主・妻、昌子(まさこ)氏により執り行われる。
 津田氏は1939年3月13日生まれ。九州大学法学部卒業、61年4月住友石炭鉱業入社、73年5月住友セメント入社。90年6月取締役就任、92年6月顧問となり、98年6月退任していた。

 

元三菱鉱業セメント取締役・山内耕司氏死去

  元三菱鉱業セメント(現三菱マテリアル)取締役の山内耕司(やまうち・こうじ)氏は7月29日午後3時55分、福岡県北九州市小倉北区東城野町1―1の北九州総合病院で肺炎のため死去した。82歳。葬儀・告別式は喪主・妻、義乃(よしの)氏により近親者のみで済ませた。
 山内氏は1934年8月2日生まれ、福岡県出身。57年4月三菱セメント入社。88年6月三菱鉱業セメント取締役黒﨑工場長に就任、90年6月退任した。

 

元北川鉄工所社長・北川一也氏死去

 北川鉄工所の元社長で名誉会長の北川一也(きたがわ・かずや)氏が10日、病気のため死去した。89歳。通夜および告別式は近親者で執り行われた。喪主は長男で同社社長の佑治(ゆうじ)氏。後日「お別れの会(仮称)」を行う予定。
 北川氏は1927年11月30日生まれ。52年3月同社入社、58年4月代表取締役社長、01年4月代表取締役会長、09年4月名誉会長。日本工作機器工業会会長や府中商工会議所会頭などを務めた。91年秋に藍綬褒章、99年に勲四等旭日小綬章を受章している。

 

元住友大阪セメント専務・堀尾輝昭氏死去

 元住友大阪セメント専務取締役の堀尾輝昭(ほりお・てるあき)氏は25日午後2時21分、病気のため死去した。86歳。葬儀・告別式は27日午後1時から大阪府大阪市住吉区上住吉2―11―28の墨江北福祉会館で喪主、長男聡昭(としあき)氏により執り行われた。
 堀尾氏は1930年10月21日生まれ。神戸大学法学部卒業。54年4月大阪セメント入社、87年2月取締役、88年6月常務取締役、91年3月専務取締役、94年10月住友大阪セメントが発足し専務取締役に就任。95年6月顧問となり、98年6月退任した。

 

元住友大阪セメント専務・田村靖氏死去

 元住友大阪セメント専務取締役の田村靖(たむら・やすし)氏は7月26日、肺炎のため死去した。83歳。葬儀・告別式は喪主、妻幸子(ゆきこ)氏により近親者のみで済ませた。
 田村氏は1933年4月9日生まれ。56年富山大学経済学部卒業、同年4月磐城セメント入社。88年6月住友セメント取締役、91年6月常務取締役、93年6月専務取締役に就任し、94年10月住友大阪セメント発足で専務取締役となり、97年6月監査役に就任し、2000年6月退任した。
 94~95年度セメント協会流通委員長を務めた。

 

前日本砂利協会会長・加藤一郎氏死去

 人の森(神奈川県海老名市、加藤政徳社長)の前社長で相談役の加藤一郎(かとう・いちろう)氏は8月8日、病気のため死去した。84歳。葬儀・告別式は15日、神奈川県茅ケ崎市の湘和会堂で喪主、妻絢子(あやこ)氏によって執り行われる。
 加藤氏は日本砂利協会の会長や関東支部長を務め、砂利業界の発展に大きく貢献した。

 

元電気化学工業社長・矢野恒夫氏死去

 元電気化学工業(現デンカ)社長の矢野恒夫(やの・つねお)氏は7月4日、心不全のため自宅で死去した。85歳。葬儀・告別式は近親者だけで済ませており、デンカは9月6日正午から、東京都千代田区内幸町1―1―1、帝国ホテル東京・本館2階「孔雀の間」でお別れの会を開く。喪主は次男、毅(つよし)氏。
 矢野氏は1930年12月14日生まれ。53年3月京都大学法学部卒業、同年4月電気化学工業入社。80年6月取締役、83年6月常務取締役、86年6月専務取締役、90年6月取締役副社長、94年6月代表取締役社長、2000年6月代表取締役会長、04年6月取締役相談役に就任。06年6月相談役、08年4月最高顧問となり、11年6月から名誉顧問を務めていた。
 99年秋に藍綬褒章、05年春に旭日中綬章を受けている。

 

デンカ相談役・川端世輝氏死去

 デンカ相談役の川端世輝(かわばた・せいき)氏は5月3日、心不全のため千葉県柏市柏下163番地1の東京慈恵会医科大学付属柏病院で死去した。74歳。葬儀・告別式は喪主、妻裕子(ひろこ)氏により近親者のみで済ませた。後日、「お別れの会」を開催する予定だが日取りなど詳細は未定。
 川端氏は1942年1月2日生まれ。65年3月早稲田大学第一商学部卒業、同年4月電気化学工業(現デンカ)入社。92年4月経理部長、97年6月取締役、2000年6月常務取締役、04年6月専務取締役、06年6月代表取締役社長に就任。11年4月代表取締役相談役、同年6月取締役となった。

 

元全生連連会長・吉田治雄氏お別れの会

 2月17日に80歳で死去した元全国生コンクリート工業組合連合会・全国生コンクリート協同組合連合会会長で、元城北小野田レミコン社長の吉田治雄(よしだ・はるお)氏のお別れの会が13日、東京都内のホテルで開かれセメント・生コン業界関係者など約220人が参列、故人の遺徳を偲んだ。
 吉田氏は1936年1月22日、東京都生まれ。2007年7月から11年6月まで全生連会長を務め、10年度には5年間にわたる集約化を柱とする構造改革事業に乗り出すなど、生コン業界の安定化に向けて尽力した。城北小野田レミコン社長は1987年4月から98年3月まで務めた。
 このほか全生工組連関東一区本部長(02年6月~07年6月)や東京都生コンクリート工業組合理事長(02年5月~07年7月)、埼玉中央生コン協同組合の初代理事長などの要職を歴任した。

 

元東京地区生コン協組理事長・森山昭雄氏死去

 元東京地区生コンクリート協同組合理事長、元上陽レミコン社長の森山昭雄(もりやま・あきお)氏が3月22日、死去した。76歳。葬儀・告別式は25日、神奈川県海老名市中央2-1-14の海老名セレモニーホールで喪主、妻昭子(あきこ)さんにより執り行われた。
 森山氏は1993年から06年まで東京地区生コン協組の営業委員長の要職にあり、06年5月から09年5月まで理事長を務め、生コン市場の安定化に多大な功績を残した。上陽レミコン社長は93年3月から09年3月まで務めた。

 

ホクコン会長・小林志伸氏死去

 ホクコン代表取締役会長の小林志伸(こばやし・しのぶ)氏は13日、胸部動脈瘤破裂により死去した。62歳。葬儀・告別式は同社社葬として17日、福井県坂井市春江町随応寺のソートフル春江で喪主、長男・真(まこと)氏、葬儀委員長・花村進治社長により執り行われた。
 小林氏は1976年金沢大学工学部卒業、同年ホクコンに入社。95年設計技術品質保証副本部長、01年執行役員環境事業本部長、02年専務取締役、04年代表取締役社長、14年代表取締役会長に就任した。


元三菱鉱業セメント専務・後藤一成氏死去

 元三菱鉱業セメント(現三菱マテリアル)専務取締役の後藤一成(ごとう・かずしげ)氏は2日午後1時37分、心不全のため東京都八王子市の病院で死去した。91歳。葬儀・告別式は喪主、妻・多加子(たかこ)氏により、近親者のみで済ませた。
 後藤氏は1924年12月5日生まれ、愛知県出身。46年11月三菱鉱業入社。77年6月三菱鉱業セメント取締役、82年3月常務取締役、84年6月専務取締役に就任。85年6月退任した。
 84~85年度(85年6月まで)にはセメント協会流通委員長を務めた。

 

住友大阪セメント常務執行役員赤穂工場長・中川藤外志氏死去

 住友大阪セメントの常務執行役員赤穂工場長の中川藤外志(なかがわ・ふじとし)氏は1月20日午後5時22分、病気のため死去した。60歳。葬儀・告別式は29日、東京都中央区築地3―15―1、築地本願寺第二伝道会館で喪主、妻・美樹子(みきこ)氏により執り行われた。
 中川氏は1955年11月24日生まれ。78年3月慶應義塾大学工学部応用化学科卒業、同年4月住友セメント入社。2008年1月住友大阪セメント栃木工場長、12年6月執行役員赤穂工場長、15年6月常務執行役員赤穂工場長に就任した。

 

元東京地区生コン協組理事長・浅野久彌氏死去

 元東京地区生コンクリート協同組合理事長、元日本セメント(現太平洋セメント)取締役の浅野久彌(あさの・ひさや)氏は3日、舌がんのため死去した。82歳。葬儀・告別式は10日、東京都港区芝公園4―7―35の増上寺光摂殿で喪主、妻久子(ひさこ)さんにより執り行われた。
 浅野氏は1933年2月23日生まれ。55年3月慶應義塾大学経済学部卒業、同年4月日本セメント入社。80年3月高松支店長、82年7月九州支店長、85年7月建材事業部長、86年7月取締役クリーンセット部長兼建材事業部長に就任。その後、関西アサノ鉱業社長や浅野保険代理部社長を務め、91年6月東京コンクリート社長、2003年6月取締役相談役、06年6月相談役に就き、07年6月退任。また浅野学園(01年5月~16年1月)と浅野工学園(同)の理事長も務めた。
 東京協組理事長は93年5月から2006年5月まで13年間務めた。バブル景気崩壊後の生コン需要の低迷、道路交通法改正に伴う骨材価格の高騰、セメント業界再編の影響といった難しいかじ取りを迫られる中、適正価格確保に向けた数次にわたる市況対策、旧契買い増し(95年2月)など難局打開に向けた諸施策に率先して取り組んだ。

 

元住友セメント専務・大森義雄氏死去

 元住友セメント(現住友大阪セメント)専務取締役の大森義雄(おおもり・よしお)氏は10月29日午後1時34分、肺炎のため死去した。89歳。葬儀・告別式は喪主、妻・操子(みさこ)氏により、近親者のみで済ませた。

 大森氏は1926年10月8日生まれ。東京大学法学部卒業後、53年4月明治鉱業入社、62年3月住友金属工業(現新日鉄住金)に転じ、83年6月住友セメント取締役に就いた。84年6月常務取締役、88年6月専務取締役に就任、91年6月監査役、93年6月顧問となり、95年6月退任した。
 この間、88~89年度にセメント協会流通委員長を務めた。

 

河島コンクリート工業社長・河島賢一氏死去

 河島コンクリート工業代表取締役社長の河島賢一(かわしま・けんいち)氏が3日に心不全で死去した。57歳。葬儀・告別式は、14日午前11時から同社の社葬により東京都練馬区春日町4‐17‐1の愛染院会館で執り行う。喪主は長男、慎吾(しんご)専務取締役、葬儀委員長はウチダ商亊の内田嘉信社長。

 

元大阪セメント専務・辻野昭夫氏死去

 元大阪セメント(現住友大阪セメント)専務取締役の辻野昭夫(つじの・あきお)氏は23日午後3時50分、病気のため死去した。86歳。葬儀・告別式は喪主、長女松岡由美子(まつおか・ゆみこ)氏により近親者のみで済ませた。
 辻野氏は1929年2月15日生まれ。京都大学工学部電気工学科卒業後、52年4月大阪セメント入社。79年2月取締役伊吹工場長、85年7月常務取締役研究開発本部長、87年2月専務取締役に就任。94年6月退任した。

 

元日本セメント専務・武井茂氏死去

 元日本セメント(現太平洋セメント)専務取締役で、ドーピー建設工業社長も務めた武井茂(たけい・しげる)氏は9日、心不全のため死去した。85歳。葬儀・告別式は妻、倫子(みちこ)氏により近親者で済ませた。
 武井氏は1929年4月10日生まれ。54年4月日本セメント入社。78年6月名古屋支店長、82年7月総務部長、84年7月取締役総務部長兼関連企業部長、87年7月常務取締役、89年6月専務取締役を務め、90年6月ドーピー建設工業社長に就任。96年8月同社会長となり、98年6月に退任した。

 

元住友大阪セメント常務・緒方俊治氏死去

 元住友大阪セメント常務取締役の緒方俊治(おがた・しゅんじ)氏は20日午前3時52分、死去した。77歳。葬儀・告別式は22日、福岡県北九州市小倉南春ヶ丘3―3の小倉春ヶ丘バプテスト教会で、喪主、長男・弘治(こうじ)氏により執り行われた。
 緒方氏は1937年9月29日生まれ、熊本大学工学部卒業。61年4月住友金属工業(現新日鉄住金)入社。91年6月住友セメント取締役、94年6月常務取締役、同年10月住友大阪セメント常務取締役、98年6月顧問に就き、2000年6月退任した。

 

元宇部興産社長・長廣眞臣氏のお別れの会

 昨年11月15日に83歳で死去した元宇部興産社長の長廣眞臣氏のお別れの会が1月26日、東京都内のホテルで開かれ、山口県選出の国会議員や産業界などから約480人が参列、故人の遺徳を偲んだ。
 長廣氏は1931年10月山口県徳山町(現周南市)生まれ。55年3月京都大学法学部卒業、同年4月宇部興産入社。79年4月高松支店長、81年12月総務部長、83年6月化学事業本部ラクタム工業薬品事業部長、85年6月取締役同事業部長、91年6月常務取締役化学事業本部副本部長、93年6月専務取締役化学事業本部長、95年6月代表取締役社長、99年6月代表取締役会長に就任。2001年6月取締役会長となり、03年6月相談役、09年6月に退任していた。

 

元秩父小野田常務・荒木敏彦氏死去

 元秩父小野田(現太平洋セメント)常務取締役で㈱小野田(現太平洋マテリアル)社長を務めた荒木敏彦(あらき・としひこ)氏は1月23日午後2時52分、心筋梗塞のため死去した。78歳。葬儀・告別式は27日、東京都杉並区今川3―14―13で、喪主、妻・幸子(ゆきこ)さんにより執り行われた。
 荒木氏は1936年9月20日生まれ。59年3月九州大学法学部卒業、同年4月小野田セメント入社。88年9月秘書室長、93年2月九州支店長、94年6月取締役不動産事業部長、96年6月秩父小野田常務取締役、98年6月㈱小野田代表取締役社長、2001年4月太平洋マテリアル代表取締役会長に就任。03年3月相談役となり、04年6月に退任していた。

 

元トクヤマ社長・三浦勇一氏死去

 トクヤマ相談役で元社長・会長の三浦勇一(みうら・ゆういち)氏は5日午前2時50分、食道がんのため東京都渋谷区広尾4‐1‐22の日赤医療センターで死去した。77歳。葬儀・告別式は喪主、妻茂美(しげみ)氏により近親者だけで済ませた。後日、お別れの会を開く予定。
 三浦氏は1937年11月23日生まれ。64年3月東京大学大学院化学系研究科応用化学専門課程修了、同年4月徳山曹達(現トクヤマ)入社。88年6月取締役特品事業部副事業部長、93年4月常務取締役総合企画室長、97年4月代表取締役社長に就任。2002年取締役会長、04年6月相談役となっていた。


電気化学工業セメント部長・伊藤哲也氏死去

 電気化学工業インフラ・無機材料部門長補佐兼セメント部長の伊藤哲也(いとう・てつや)氏は14年12月10日、死去した。57歳。葬儀・告別式は喪主、妻公栄(きみえ)氏により、近親者だけで済ませた。